インフューズドコーヒー

ピンクブルボンやシドラ、嫌気性発酵をはじめとした様々な品種、生産方法が開発され、もはやスペシャルティコーヒーという看板すら古くなってきたと感じるほど賑やかなバラエティの時代ですが、ここでインフューズドコーヒーというちょっとグレーな面白い生産処理が登場し、議論を呼んでいます。

インフューズ、直訳すると注入で、収穫された生豆を色々なものに漬け込んで風味を添加する方法ですが、その原料がまた凄い。ミントやレモン、シナモンからバニラ、ウイスキーとなんでもありで、本当にその風味が飲料として口にするコーヒーにそのまま現れてきます。

このコーヒーの問題点は二つ。トレーサビリティとテロワールでしょう。

トレーサビリティというのは追跡可能性、生産から消費者の手に届くまでの工程が明らかになっているかという透明性のことで、生産地はもちろん品種や生産処理、また日付なども多少大まかでもきちんと記録されていなければなりません。ところがインフューズドに関しては、上記の表示義務を満たしてさえいれば良いということで、別にこっそり追加されていることがあったようです。バリスタの選手権で選手本人も気づかずにこれを使用して失格になったり、そのまま優勝してしまったりといった事態が相次ぎ、生産者に問い合わせても発酵のテクニックで処理していますとの説明で済ませたり、インフューズしていますと隠さずに説明している場合であっても、それが使用者に伝わっていないなど混乱が続きました。ただ、この問題に関しては義務化などのルール次第なので、今後解決する見込みは高いでしょう。現にきちんとインフューズドが明記され、好評を得ている銘柄はいくつも出回っています。

さてもう一つの問題点であるテロワール。つまり生産地や生産者の個性が台無しになってしまうのではないか、ひいてはコーヒーらしい風味自体が淘汰されてしまうのではないかという懸念です。

これに関しては自らインフューズドコーヒーを手にとって確かめる必要があると思い、取り寄せて焙煎してみました。コロンビアの優良農園のカトゥーラ種です。

水抜きが始まる前から強烈なココナッツやレモンの香りが漂ってきますが、シドラのナチュラルというお化けを先に経験していたからなのか、さほど圧倒されることもなく中浅煎りで煎り止め。

試飲してみての第一の感想は、面白いが従来のコーヒーに取って代わるモノではない、です。

インフューズドによって強化、変化する項目はほとんどフレーバーだけです。もちろん、厳密に分析すればその他も変化しているのでしょうが、フレーバーへの劇的な効果に比べれば、まさしくアンバランスと言っていいほど、小さなものです。フルーツのような酸や粘性が付加されるわけではなく、「馴染んでいない」印象が強いのです。コーヒーらしいコーヒーの表面だけに違うものをまとわせたようなこの感じは、焙煎後の豆に香りを直接添加するハワイのフレーバーコーヒーに近いもの。もっとも、今回使用したインフューズドコーヒーは豆自体のグレードが高く、息を止めてフレーバーを遮断して飲んでも大変美味しかったので悪い印象もありません。言い換えれば、インフューズドは豆本来の特性をあまり邪魔しないとも言えそうです。

丁寧に扱えば、強い個性を発揮しつつも、他を蹴落とすようなことがないであろうコーヒーだと思います。