モカ・マタリ
コーヒーにおいてモカという言葉は様々な使われ方をしており、やや一人歩きしている響きでもあります。今ではおそらくチョコレートを混ぜた飲料であるカフェモカの存在が混乱する一番の理由でしょう。かつてイエメンのコーヒーを輸出していたモカという港の名前が由来になっていますが、イエメンのものはモカ・マタリ、エチオピアのものはモカ・ハラーやモカ・シダモといい、この二つの国のものがモカのブランドを名乗ります。
スペシャルティ以前では、モカといえばモカ・マタリであり、高級品のイエメン産と、低級品とまではいかずとも弟分のようなエチオピア産という位置づけだったように思います。20年ほど前に使われていたエチオピアの味は今でも思い出せますが、力強い風味がありながらも、発酵感が目立っており、上品ではない方のダークフルーツ感が前に出てしまっていました。一方で同時期のモカ・マタリといえば、ワインのようなフレーバーが全開の無二の個性を放っており、その香りは、豆を挽くと、10m近く離れた広めの部屋の端に居てもモカ・マタリだと分かるほどの強さでした。スペシャルティ以前の90年代の豆が、です。
その後、スペシャルティの時代になり、エチオピアにはウォッシュト方式が本格的に導入され、ナチュラル方式もより洗練されていったのに対し、イエメンはクオリティを徐々に落としていくことになります。もともと高いポテンシャルを持ちながら精製法に難があり、欠点豆のハンドピックによって3割近くが廃棄されるような豆だったのですが、イエメンの内戦という悲劇が重なったからなのか、その精製や保存の短所が産地の風味特性を上回るようになってしまい、かつてのモカフレーバーは半減してしまいました。よほど高価な品種は別として、標準価格で手に入るイエメンモカはいまや質の面においてもエチオピアのスペシャルティに水をあけられてしまったように思います。
イエメン モカ・マタリ アルマッカ
豆は小粒ながら、芯の硬さが少し感じられ、フレーバーを出そうとして焙煎を焦ると渋味が出ます。浅すぎても深すぎても個性が出しづらく、難易度は高めだと思います。
クオリティが落ちたと言っても、かつての面影は確かに感じられます。エチオピアに似ているとよく言われますが、重厚な塩味やダークチェリーに寄っているエチオピアと違ってライチや白ワイン、白桃のような「白」を想起させる淡く上品な風味があります。個人的な感覚としてはエチオピアよりもコスタリカの明るさに似ていると思います。
昨今のトップスペシャルティに見られるコーヒーらしからぬ華やかなフルーツ感は、往年のモカを知っている身としては、実は驚きはあっても圧倒されるものではありません。それほど、モカ・マタリの低調は惜しいのです。
内戦が一日でも早く終わり、かつての輝きを取り戻してくれることを願ってやみません。