水分抜きにかかる時間

コーヒー焙煎の水分抜きは基本中の基本と捉えられていますが、それゆえにその出来を見誤ることがよくあります。フレーバーの強さや酸の明るさを求め続けて試行錯誤を繰り返すうちに、水分の抜け方はこんなもの、クリアできてて当然であるかのように意識の端に追いやられてしまうことがあります。今の出来よりももっと水分と雑味が少ない状態は存在するよ、という発想にならなくなってしまうのです。これは、華やかで明るい風味のスペシャルティクラスのコーヒーに慣れてくるほど陥りやすいものと思われます。

この落とし穴から抜け出す一つのきっかけになるのは、春先の季節の変わり目の焙煎速度の変化です。冬場はまだセーフだった水分抜けが、春になって少し引っかかるようになってきます。100℃から200℃にも達する焙煎機に対して人間が活動する気温の変化などがそんなに影響があるのか、と思われるかもしれませんが、5kg釜の焙煎にかかる時間は短くても10分以上、長ければ25分ほどかかり、その間ずっと、釜の外の気温が影響し続けるわけですから決して無視できるものではありません。水抜きの時間が23分だけでも短くなると、味のクドさが明らかに増してしまうのが焙煎ですから、特に旧式の焙煎機の場合は気温に対して火力を調節することは必須となります。

実際に水分が抜けていくのは豆が緩み始める温度(90℃100℃)あたりから焙煎終了までの間であり、予熱を低くとってスタートから90度までの時間を長くとってもその区間では水抜きの効果はあまり得られません。この100℃以降の水抜きはどうやっても時間の長さが必要です。釜の蓄熱と火力の合力が高いほど焙煎は速く進みますから、釜の蓄熱が高い場合の強火はもちろん速く進んでしまいます。蓄熱が低い場合では、前半こそ低い蓄熱によって強火であっても速度は抑えられますが、100℃に達するまでに強火が長い時間使われることになりますので、水が抜け始める頃には釜が十分に温まってしまうことになり、やはり中盤から速くなってしまいます。どちらにしても強火は水抜きには基本的に向きません。高地産のスペシャルティのニュークロップともなると、従来の20分焙煎ですら不十分と言えるほどの難敵であり、特に近年の豆はクオリティとともに成分の密度も上がってきていますので、今後はかなり大胆な長時間焙煎も選択肢に入れた方が良いかもしれません。

スペシャルティコーヒーは味に厚みがあるだけでなくその明るさ、軽さが特徴でもありますので、焙煎直後のカッピングによるテストで騙されて雑味が無いと判断してしまうことがあります。水分が残った豆は日にちが経つほど、またコーヒー液では冷めてから時間が経つほど、その欠点が現れます。良質な強い苦味と水が抜けきっていない味とを見分ける味覚を磨くことも焙煎の向上のためには大変重要です。